■ 通信音「ピーピー」。あの非効率が私の原点
40年前、カセットテープにデータを記録し、モデムの「ピーピー、ギャーギャー」というけたたましいネゴシエーション音を聞いていたのが、私のデジタル領域における原点だ。あの頃のPCは、ひたすら非効率だったが、純粋なワクワクが詰まった遊び場だった。
それから30年以上のビジネスキャリア。いつしか私は、新しい技術や挑戦を前に「費用対効果」や「リスク」ばかりを計算し、一歩を踏み出すためのもっともらしい「やらない言い訳」を探す大人になっていた。
■ AIの正体は、優秀な「着火剤」だった
今、世間はAIによる「業務の代替」や「効率化」で騒いでいる。だが、私が実運用で痛感した本質はそこではない。AIの真の価値は、重くなった腰を物理的に上げさせる「行動の着火剤」であることだ。
「今さら動画編集なんて無理だ」 「ハイスペックPCを買って頓挫したらどうする」
そんな私自身の無意識のブレーキに対し、AIは「構成の最適解」「エラーの回避手順」「必要なスペック」を、24時間休むことなく淡々と、時に能天気なほどポジティブに出力し続けた。「やらない理由」が、見事に論破されてしまったのだ。
■ 時給41円の悶絶と、取り戻した無鉄砲さ
もしAIがいなければ、私は今も「いつか検証したいことリスト」を眺めながらお茶を濁す毎日だっただろう。
結果として、私はAIの強烈な後押しにのせられ、時給換算41円という泥臭い案件で悶絶し、5つの案件とゴルフの連戦でスケジュール帳から悲鳴が上がるハメになった。アンダープレイ(最小手)を信条とする私にとっては、まったく合理的とは言えない事態だ。
だが、この「過酷な充実感」は、自ら動いた者だけが取得できる極上の一次データだ。AIに背中を蹴り飛ばされたおかげで、私は30年ぶりに、あのカセットテープの音を聞いていた頃の「ワクワクする無鉄砲さ」を取り戻せたのだから。
■ 結び:AIという最強のエンジンを積んで
10歳の頃からAIが隣にいたら、どんな景色が見えただろうか。そんな仮定に意味はない。 30年間、効率を言い訳に実行を保留し続けてきた「今の私」だからこそ、AIという相棒を得て踏み出した一歩の重みとスピードを、正確に計量できる。
AIは、できないことを「無」にする魔法ではない。やらなかったことを「今からやるための燃料」に変えてしまう、極めて優秀なエンジンだ。
人生というシステムを再起動させるのに、遅すぎることはない。画面の向こうで、相棒が能天気に笑ってくれているのなら。

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